ふたばの日記

高等教育や学術政策に関心がある大学生のブログです。考えたことのメモなど。

補助金事業に駆り出される任期付教員の悲哀

 大島勇人/浜島幸司/清野雄多『学生支援に求められる条件:学生支援GPの実践と新しい学びのかたち』(東信堂、2013年)を読んだ。この主題は「補助金事業に駆り出される任期付教員の悲哀」というわけではないのだが、節々から醸し出される悲哀を感じずにいられなかったためにこのようなタイトルにしてしまった。ご容赦願いたい(笑)

 さて、本書は、新潟大学における学生支援GPの取り組みについて、学生支援の部署の担当となった教員、プログラムの中心的役割を果たした任期付教員、参加者の学生の三者それぞれによるプログラムの振り返りと、そこから導き出される教訓について述べた本である。主題としては学生支援プログラムがテーマになるわけであるが、現在の大学経営について一般的に当てはまる事象が多く取り上げられていたように思うので、自分なりに感じ取ったことを簡単にまとめておく。

1.使い捨てられる任期付教員

 特にこの事例に限られることではないが、最近の補助金事業では、とかく特任教員が濫用されている。大学院重点化やポスドク100万人計画で急増することになった若手研究者は大量に滞留している一方で、大学への運営費交付金は減少し、終身のポストは退職しても補充されずという状況が広がっている。そのようななか、大型の補助金事業の「労働力」として「使い捨て」かのように使われる任期付教員が大量に増えている。色々と気になる面はあるけれども、本書の例のように全学で取り組む大型補助金事業において、組織内の政治力学を把握しているわけではなく、任期が切れたらどうしているか不安ななか特に愛着もない大学に流れ着いている任期付教員に補助金事業を任せるのはいかがなものか。もちろん、ポストを得る以上信念を持って力を尽くす任期付教員はいらっしゃって、そうした方々の努力には感心するものがあるが、そうした体制でいいように使う組織はどうかと思う。

2.採用のミスマッチ

 本書のなかでは、ひたすら各種調整を行うポストが自分には適切ではなかったと思われるとの記述がちらほらと散見された。この事例が特殊なのかはわからないものの、採用の際に職務の内容が明確化されていない状態であったのではないだろうか。大学の採用一般として紙面での契約が明確でないというのはよくある話であるそうだし、この件とは話が異なるが、「デキ公募」の話もしばしば耳にすることで、このあたりの採用慣行をきちんと考え直す必要があるのではないだろうか。それに加えて思うのは、大学よりも専門家コミュニティに帰属意識を持つのが一般的な大学教員が、より組織としての大学の教育の質を高めていくために、大学への所属意識を高めるための採用方法を検討した方がいいのではないだろうか。

3.プログラムの理念と組織構成

 本書でしばしば語られるのが、そもそもプログラムの理念が非常に曖昧であって、かつその理念を組織全体として検討する機会もなく、末端の人たちにとっては意思決定の判断基準が見えなかったということであった。さらに、プログラムが学内政治の手段として利用され、そのしわ寄せは任期付教員や学生に降りかかることになってしまった。なんというか、非常にしょうもない話である。競争的資金を取るための調書を作り、資金を取ったら終わりなのではなく、そこからどういう体制を取って、どういうマネジメントを行っていくのかが何より大事なわけである。学内政治力学を理解し、経験の豊富な職員がプログラムマネージャーとしているのがいいのではないかという指摘があったが、この点に関しては国立大学では職員の立ち位置も微妙なところがあるかもしれない気がするが、ともあれ任期付教員が中心的役割を担って上手くいくはずがないというのは真実であろう。

4.関係性能力としてのリーダーシップ

 本書の内容からは多少それるが、リーダーシップとは結局関係性能力なのだと改めて感じた。上から見れば主体的に動こうとする人間を信頼し、サポートする体制(予算、失敗への寛容性等)が必要だし、下から見ればリーダーに従っていくフォロワーシップが重要である。もちろん、それらを引き出していく力というものも重要なのかもしれないが、クソみたいな環境のなかであがいて絶望していく人に対しては同情の意を感じざるを得ない。

5.学生の主体性

 「自由にやってもいいよ」と言っても、結局何をやっていいかわからずに戸惑ってしまうのが現実であるらしい。何となくその状況は分かる。しかし、ここのボトルネックはどこにあるのだろうか。最近思うのは、ひょっとしたら主体性は全員に求めるものではないのかもしれないということだ。それよりも、上から降ってきたものであれ、きちんと目標管理をして適切な期間内にある程度の成果を出す力の方が基盤的に重要なのではないだろうか。この力だけでも、できていない人が多いのではないかという気がしている。