ふたばの日記

高等教育や学術政策に関心がある大学生のブログです。考えたことのメモなど。

「河野太郎の大学の悩み聞きます@東京大学五月祭」に関する考察

 日曜日の東京大学五月祭において、政治家の河野太郎氏を招いた大学の問題に関するイベントが開催された。そのなかで、九州大学の大賀哲先生と一橋大学の川口康平先生による、競争的資金の間接経費の運用方法についての要望がなされた。その要望を簡単に述べると、
・競争的資金の間接経費を当該研究者の研究の生産性向上のために活用すること
・現行の状況の背景にある基盤的経費の削減に対策を講じること
の二点である。私としてはお二方の提案に概ね賛成なのであるが、その背景にあることや、実現の難しさについて考察したことを以下に書いておく。
 なお、要望書や当日の発表資料についてはこちらを参照のこと。また、当日の議論に関しては、河野太郎の大学の悩み聞きます@東京大学五月祭(とその後の反応) - Togetterまとめで概要を掴むことができる。

1.はじめに:前提として

1.1.権限の問題

 河野太郎先生はWord罫線問題(科研費のWord罫線問題に河野太郎氏が反応してくださった話 - Togetterまとめ)や神エクセル問題(河野太郎議員(@konotarogomame)とネ申エクセル問題&オープンデータの話 #ネ申エクセル #ネ申殺し - Togetterまとめ)等で、最近大学の問題に多く関わっている。実際その働きかけによって実現したものがかなりあり、それらの問題の解消は評価すべきものだと思われる一方で、権限の観点からとして危うさがあるのではないかと感じている。
 というのも、国立大学法人はあくまで国から独立した法人であり、政治家⇔行政(文部科学省)⇔国立大学というラインで上位から権力行使されるのは可能な限り抑制されるべきだと思うからである。確かに、国立大学の側が自主的に解決することがあまりにもできないからそのような介入が入らざるを得ない点もあるのかもしれないが、大賀先生のところにこの件について事務職員の方から提示された意見(間接経費・要望書の件で | 九州大学国際政治学教室)のように、本来ならば自主的に解決されるべき事象であり、政治家経由の介入が頻繁に行われたという事実を作ることが将来に悪く響かないことを願っている。

1.2.運営費交付金の減額

 もう一点、前置きとして前提の話をしておくと、大賀先生/川口先生がそもそもの問題として述べていることであるが、近年の国立大学法人における運営費交付金の減額は間接経費の問題にも関わる重大な問題である。運営費交付金が減少し、基盤的な経費が不足しているからこそ、競争的資金に伴う間接経費を基盤的な運営経費として活用せざるを得ないという事情がある。
 また、経費の問題に加えて、事務職員の少なさと専門性の低さも指摘しておくべきだろう。河野太郎議員はかつて法人化後の事務職員の増員を問題提起するようなブログを投稿していたが、そもそも法人化の時点で国家公務員削減の流れで人員は少ない状態であり、また法人化に伴い業務量も増大しているなかで、増員した今でも不十分であると思われる。この点については、若干古いデータではあるが、以下の海外大学との比較データを見てみると、その違いがよく分かる。

f:id:futaba_szk:20170522175023j:plain 図1:「世界の有力大学の教職員の構成」
出典:東京大学国際連携本部国際企画部[2007]「世界の有力大学の国際化の動向調査報告書」、p. 34

 なお、このデータにおいて「アカデミック・スタッフ」は大学によって差異があり、比較には注意が必要である(表1、2を参照)。そして、東京大学のデータにおいては助手がアカデミック・スタッフに含まれている。これは、2006年のデータであるためこのようになっている。2007年から助手の大部分が教員としての助教に変更される。すなわち、上記のデータでアカデミック・スタッフに区分されていたものの大部分が教員の区分に移動することになり、それによって(AS+職員)/教員の値は2.2から1.1まで急激に減少することになる(表3を参照)。

f:id:futaba_szk:20170522175107j:plain 表1:世界の有力大学の教職員の名称・分類(1/2)
出典:同、p. 67

f:id:futaba_szk:20170522175144j:plain 表2:世界の有力大学の教職員の名称・分類(2/2)
出典:同、p. 68

f:id:futaba_szk:20170523103752j:plain 表3:東京大学の教職員の構成 出典:「職員数(平成18年5月1日現在) | 東京大学」「職員数(平成19年5月1日現在) | 東京大学」「職員数(平成27年5月1日現在) | 東京大学」より筆者作成

※追記:参考までに2015.5.1時点のデータも追加した。なお、統計区分が変化していたので、表4のように処理してある。その結果、2007年と比較して(AS+職員)/教員比率およびAS/教員比率は若干上昇したが、依然として低い数値のままになっている。また、職員/教員比率は変化していない。

f:id:futaba_szk:20170523133659j:plain 表4:2015.5.1時点のデータの処理 出典:筆者作成

 なお、事務職員の専門性については、重要な論点であるものの、採用や人事まで関わってくる複雑な話であるため、今度時間があるときに別にまとめたいと思う。ここでは、ともかく教員を支えるスタッフの割合が海外の大学と比較して著しく小さいということを指摘しておきたい。

2.競争的資金と間接経費について

2.1.競争的資金と直接経費/間接経費の定義

 競争的資金とは、「資源配分主体が広く研究開発課題等を募り、提案された課題の中から、専門家を含む 複数の者による科学的・技術的な観点を中心とした評価に基づいて実施すべき課題を採択し、研究者等に配分する研究開発資金」(第三期科学技術基本計画より、出典)である。そして、競争的資金に関する関連府省連絡回申し合わせ「競争的資金の間接経費の執行に係る共通指針」(以下、「共通指針」と呼ぶ。)によると、直接経費とは「競争的資金により行われる研究を実施するために、研究に直接的に必要なものに対し、競争的資金を獲得した研究機関又は研究者が使用する経費」であり、間接経費とは「直接経費に対して一定比率で手当され、競争的資金による研究の実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費として、被配分機関が使用する経費」である。また、間接経費導入の趣旨は、競争的資金による研究の実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費を、直接経費に対する一定比率で手当することにより、競争的資金をより効果的・効率的に活用する。また、間接経費を、競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善や研究機関全体の機能の向上に活用することにより、研究機関間の競争を促し、研究の質を高める」とされており、原則的に直接経費の30%に当たる額を間接経費とするようにしている。共通指針のなかでは、間接経費の主な使途として、次のものが例示されている。

区分 詳細
(1)管理部門に係る経費 (ア)管理施設・設備の整備、維持及び運営経費
(イ)管理事務の必要経費:備品購入費、消耗品費、機器借料、雑役務費、人件費、通信運搬費、謝金、国内外旅費、会議費、印刷費
など
(2)研究部門に係る経費 (ウ)共通的に使用される物品等に係る経費:備品購入費、消耗品費、機器借料、雑役務費、通信運搬費、謝金、国内外旅費、会議費、印刷費、新聞・雑誌代、光熱水費
(エ)当該研究の応用等による研究活動の推進に係る必要経費:研究者・研究支援者等の人件費、備品購入費、消耗品費、機器借料、雑役務費、 通信運搬費、謝金、国内外旅費、会議費、印刷費、新聞・雑誌代、光熱水費
(オ)特許関連経費
(カ)研究棟の整備、維持及び運営経費
(キ)実験動物管理施設の整備、維持及び運営経費
(ク)研究者交流施設の整備、維持及び運営経費
(ケ)設備の整備、維持及び運営経費
(コ)ネットワークの整備、維持及び運営経費
(サ)大型計算機(スパコンを含む)の整備、維持及び運営経費
(シ)大型計算機棟の整備、維持及び運営経費
(ス)図書館の整備、維持及び運営経費
(セ)ほ場の整備、維持及び運営経費
など
(3)その他の関連する事業部門に係る経費 (ソ)研究成果展開事業に係る経費
(タ)広報事業に係る経費
など
※上記以外であっても、競争的資金を獲得した研究者の研究開発環境の改善や研究機関全体の機能の向上に活用するために必要となる経費などで、研究機関の長が必要な経費と判断した場合、執行することは可能である。なお、直接経費として充当すべきものは対象外とする。

出典:共通指針、別表1

2.2.間接経費運用の現状

 上記のような共通指針に対して、現状の国立大学においては間接経費の大部分が大学全体の運営経費として活用されていると思われる。あるいは、少なくとも競争的資金を獲得した研究者が、自らの研究の推進にあたって間接経費が十分に活用されているとは感じていないようである。
 また、共通指針では、基本方針として「被配分機関にあっては、間接経費の使用に当たり、被配分機関の長の責任の下で、使用に関する方針等を作成し、それに則り計画的かつ適正に執行するとともに、使途の透明性を確保すること」ということが述べられているにも関わらず、各機関において方針が明示されておらず、間接経費の使途についても透明性があるとは言い難い。
 間接経費を機関全体の運営に対して利用することは上記の例示にもあるように趣旨に反するとは言い難いものの、間接経費の一定割合が競争的資金を獲得した研究者の教育負担や事務負担を削減するために活用されるのは、研究を進めていくインセンティブとして当然のことであると思う。これは、科研費に限らず大型の研究プロジェクトでもそうで、結局構想をまとめる/マネジメントを行う役割を担うのはババを引くようなもので、「自分に仕事が降ってくるだけだから大型のプロジェクト資金には応募したくない」ということは耳にすることである。
 またそもそも、競争的資金の獲得は機関評価に活用されるもので、競争的資金獲得→評価高→運営費交付金高が成り立つのであれば、間接経費を機関の運営費に使うのは不適切であるように感じられるし、大学の評価を上げるため、間接経費を通じた運営経費を集めるために所属研究者に競争的資金への応募を強いるのは望ましくないと思うのである。

2.3.間接経費が適切に使用されるようになったなら

 今回要望がなされたように、間接経費を競争的資金を獲得した研究者の研究環境の向上のために活用するというのはもっともなことである。ある程度はそのようになればいいと思う。しかし、そうするとすればこれまで本部に吸い上げられていた資金が当該研究者の方に配分されるようになるのであろう。そうするとその先に予想されるのが、(もう既にほとんどない)本部から学部への資金が減少するということである。運営費交付金自体をどうにかしなければ、結局本部から部局を通して薄く広く配られる資金が、競争的資金を獲得した研究者の間接経費の措置に振り返られるだけかもしれない。確かに、アメリカでは部局予算ゼロで外部資金による研究費獲得のみでやっているところは存在し、そういう方向性もなくはないのかもしれない。
 ただ、基盤研究費の付与をゼロにして、全てを競争的資金にするのが適切かというと、いくつか考えるべきポイントがあると思うのである。まず、競争的資金に応募するコストに対して研究のコストが見合うのかというものがある。例えば、数学の研究者であれば、それほど研究にコストはかからず、競争的資金に申請する労力をかけるくらいなら部局の非常に少額な部局経費で研究を行った方が効率的かもしれない。
 次に、競争的資金というものは不採択の際にいきなり研究費がなくなるリスクが存在する。そのような事態に陥ると、例えば実験動物の維持さえ行えない状況になりうる。その上、競争的資金の研究成果は2~5年程度で求められるのが一般的である。研究は、短期スパンで行われるものと長期スパンで行われるもののポートフォリオを組むべきだと私は考えているが、そうした長期スパンの研究を担保するためにも、あるいはときには競争的資金をあえて取らずにじっくりと研究に取り組む時間を確保するためにも、基盤的経費には意義があるのではないだろうか。ただ、確かにその運用は非常に難しいし、競争的資金の一部を研究計画外の研究に利用することができるような制度を作るなど(非常に難しそうだけれど…)、他の方法で担保することもできるかもしれない。

3.おまけ:教員給与の見方

 今回の要望のテーマにはなっていないが、要望者の川口先生は国内外の大学教員の給与格差の問題について話題になった(「給料格差ツイート、狙ってやった」 日本捨てる若手学者の危機感 - withnews(ウィズニュース))。この点について、若干の言及をしておく。まず、給与額以前に内定後の雇用契約が書面で通知されない、着任してからでないと給与額がわからないというのは大きな問題である。雇用の条件を明確にすべきというのは、他の機関との交渉のためという以前に労働契約として当然のことであろう。
 次に、大学教員の給与の額を他の職業と比較するならば、いくつかの前提を認識する必要がある。それは、以下の通りである。  まず、大学院時代は(減免がある場合もそれなりにあるが)学費を払って学ぶのが通常である。研究者になることが仕事だとあまり認められていない日本では、大学院で研究をするということに対して、好きなことをやることがで羨ましいという目が周囲から向けられがちである。仮に学振DCを取ったとしても、十分な金額とは言い難く、社会保険は無く、兼業禁止規定が設けられている。学位を取っても、多くの人がポスドクやや非常勤講師として不安定な初期キャリアを築くことになる。その先では任期付きの先の見えないポストに就くことが多く、教育系の特任に就く場合は研究ができないリスクもある(例えば、新潟大学の教育GPについて赤裸々に述べてある、大島勇人/浜島幸司/清野雄多[2013]『学生支援に求められる条件:学生支援GPの実践と新しい学びのかたち』東信堂、が参考になる)。テニュアのポストを得られたとしても、現在は多くの大学で昇任が凍結されている。現在広まっている年俸制雇用では、退職金がなく、最終的に教授にまで昇格するのは結構年を取ってからになる。
 つまり、
・安定的な初期キャリアに就くまでが不安定
・そもそも不安定なポストに就くまででも長期間な投資が必要
・どこかでキャリアチェンジをするにも、日本の人材マーケットでは外部からの需要が小さい
テニュアを得られたとしても給料が低い
・キャリア全体を通して福利厚生が貧弱
という状況であり、一時点の給与額を見て安易に判断をするのは適切ではないということに注意しなければならないのである。