ふたばの日記

高等教育や学術政策に関心がある大学生のブログです。考えたことのメモなど。

今の政治に対して思うこと

 憲法に規定された臨時国会の召集をひたすら先延ばしした挙句、召集直後に解散がなされた。憲法的にどうなのかと疑問を抱いてしまう事案である。小池百合子が現れ、民進党が崩壊し、枝野幸男が政党を立ち上げるなどと、政治は激動の様子を見せている。

第五十三条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。(出典:日本国憲法(昭和二十一年憲法e-Gov法令検索

 私としては相変わらず粛々とシステムが良い方向に進みそうに思える投票行動をするだけなのであるが、色々と考えているうちに、そもそもまともな投票行動を取るということは現行のシステム上は無理なのではないかという結論に至ったので、そのことについて書き残しておくことにする。

1.国難選挙?―大義を検討する

 ただひたすら「なぜ解散したの?」という疑問しか浮かんで来ない今回の選挙であるが、安倍総理が言及した、(1)北朝鮮問題、(2)少子化対策、の二点について軽く触れておく。

(1)北朝鮮問題

 外交か軍事かという点では確かに争点になりうるし、そこから派生して日米同盟をどう考えるかなど、大局的には大いに議論していいことだと思うが、ただ単純に言えることがある。それは、日本に北朝鮮に対する交渉力はないということだ。現状でキーになるのは中国と米国であるだろうが、それらに対しての圧力をかけられるほど日本に力があるというわけでもない。

 加えて、北朝鮮が実際に軍事行動を行うかと問われると、私はそうではないと思う。確かに、軍部が暴走するなどをすればそういう可能性はゼロではないのかもしれない。しかし、米朝で戦争を行ったら北朝鮮が勝てるはずもない。

 したがって、北朝鮮は、ミサイルの技術力の発信による輸入経済の活性化と、内部的な権力誇示の実行を、独裁政権の維持のために行っているだけとしか思えないのである。こう考えると、日本の対北朝鮮関係は政党間の争点になりえないのではないだろうか。

(2)少子化対策

 人口統計は非常に将来が見通しやすい珍しい統計であり、少子化が進んだのはここ数年のことではない。そんなことはずっと昔から進んできてかつ放置してきたことなのであって、そういう意味では自民党に責任があるとも言えるわけである。税金の使いみちを少子化対策にと言うけれども、予算は毎年決めるわけだから普通に国会で議論してくれればいい。

2.政策争点の解釈の難しさ

 政策の争点を適切に解釈するというのは難しくて、普段の暮らしで手一杯になっている大多数の有権者にとって、上の二点であっても困難であろう。そんなことを少しだけ書いてみる。

(1)個別争点:経済政策の事例

 例えば、経済政策の事例。今の景気がいい、それはアベノミクスの成果であるという主張がある。確かに、その可能性はあるかもしれない。しかし、この主張を厳密に確かめるには非常に手間がかかる。

 第一に、量的検証が必要である。すなわち、景気は本当に良くなったのか。様々な経済指標があるなかで、妥当な指標を取り上げて、それが本当に良くなっているのかという検証が必要である。データの裏付けのない主張は信じるべきではないのだけれど、なかなかそうもいかないのが現実である。

 第二に、質的検証が必要である。指標の変化があったとして、その変化はどのようなものか。失業率が下がったとして、その要因は景気の変化に伴う求人の増加なのか、高齢化に伴う退職の増加なのか、求職意欲の減退による求職者の退出の効果なのか。様々な要因が考えられる。また、指標の測定法が変わったということもあるだろう。

 第三に、政策と経済指標は相関ではなく因果なのか。アベノミクスに伴って景気が良くなったという量的事実があったとしても、リーマンショックからの立ち直りや、長期の景気変動のトレンド上に乗っているだけという可能性がある。

 社会全体をマクロに認識するのは非常に手間がかかることで、専門知識を持ったものでも判断が分かれるということは当然のようにある。そうした対象に対して、普通の人が適切な解釈を持つということは本来的に無理があることなのではないかとも思えてくる。

(2)パッケージとしての政党選択

 さらに問題を難しくするのは、政策のパッケージとして政党を選ばなくてはならないということである(もちろん、シングルイシューで政党選択をするという投票行動もありうるが)。経済のような一つの争点でも難しいのに、それに行政改革、教育、産業、安全保障、外交など様々な政策のパッケージとして政党を選ぶということになると、投票に必要な情報コストが膨大になってくる。

3.政策論争?―争点を明確にする制度の貧困

(1)場の貧困

 政策論争が行われるにも、今回の解散が象徴的なのであるが、与党は野党の準備ができていない時期を見計らって解散をするということがあるし、その機会もあまり多くない。テレビの討論は政党の数に対して放送時間が十分でないし、議論の整理が上手くないせいでまともに「討論」になっていない。

 そもそも、選挙期間が短すぎて、政党間の政策の相違を深めていく時間がない。どれだけ規制緩和をするかは検討が必要であるが、NHK政見放送を見ている人がどれだけいるのだろうか。そこで使っている資金を他に回した方が、より効率的に選挙が行われるのではないかと思ってしまう。

3 衆議院の解散に因る衆議院議員の総選挙は、解散の日から四十日以内に行う。 4 総選挙の期日は、少なくとも十二日前に公示しなければならない。 (出典:公職選挙法(昭和二十五年法律第百号) 施行日: 平成二十九年七月十六日 最終更新: 平成二十九年六月二十一日公布(平成二十九年法律第六十六号)改正 e-Gov法令検索

 とはいえ、こういった選挙制度は与党に有利なようになっていて、政治的にその変革が起こる予感はあまりしないのである。

(2)報道の貧困

 今回の小池旋風でも、以前の東京都知事選の小池旋風でも、とかく政局報道をしがちな報道にも問題がある。きちんと政策について説明して、疑問を政党に突きつけて、有権者が最適な投票行動を行えるようにしなければならないのだろうか。また、選挙が終わった後も、あるいは選挙の時に以前の選挙で言っていたことがどれだけ実現されたのかという観点からの報道も、しっかり行っていく必要がある。

(3)政治の性質

 ある種それは政治の本性というものなので、ある程度は仕方がないことではあるが、政治家は有権者を「騙す」。党首討論を見ると、平気で嘘を言うようなことは多くある。嘘を正すことは嘘をつくことよりも遥かにコストがかかることだし、人間は自信有りげに断定をする人の言葉を信じがちである。そこまでいかなくとも、問われたことをはぐらかすのは政治家の話術である。こういったことが、より有権者の政策への理解を困難にする。

4.展望:システムを変えていく?現状を変えていく?

 こういったことを考えると、そもそもまともな代議制民主主義は成り立ちうるのかという気がしてくる。これをどう解決していくかについて、具体的な展望があるわけではないが、おそらくそこを克服していくには二つの方向性がある。

 一つは、現状に応じてシステムを変革するということ。有権者の判断の不可能性を正面から受け止めて、それでもやっていけるようなシステムを構築していくこと。パッケージとして判断するということをどうするのか、公職選挙法を変えていくのか。これらのことはおそらく政治的に実現が難しいだろうが、内閣の解散権の制約など、実現できそうなところから少しずつ実現していくしかないだろう。

 もう一つは、現状を変革するということ。現状のシステムでは有権者の判断が難しいというならば、それができるように有権者を変えていくということである。ある意味で18歳選挙権に伴う主権者教育が始まったことは、それを実現していくための一筋の光であるように思っている(いやでも、今回が初選挙の18歳は非常に気の毒だと思う…)。そして、おそらく高等教育機関もそこにしっかりと答えていかなければならないのだと考えている。