ふたばの日記

高等教育や学術政策に関心がある大学生のブログです。考えたことのメモなど。

「当たり前」の外側で不可視化された世界(リバティおおさか 第72回特別展『「夜間中学生」学ぶたびくやしく、学ぶたびうれしく』を見学して ※12/16まで開催中)

 先日、大阪人権博物館/リバティおおさかの第72回特別展『「夜間中学生」学ぶたびくやしく、学ぶたびうれしく』を見学してきた。非常に良い展示であったと感じたので、紹介がてらそのことについて書き残しておく。なお、12月16日(土)まで開催しているので、都合がつく方はぜひ見学に行ってみることをおすすめする。

1.見学のきっかけ

 今回の見学は、周辺でちょっとした用事があったというのもあったが、多分に衝動的なものであった。そのきっかけは、ハフィントンポストの二つのインタビュー記事であった。

「17歳、生まれて初めて自分の名前が書けた」 夜間中学卒を誇りに生きる男の記憶
「夜間中学の廃止勧告は俺にとっての『死刑宣告』だった」 髙野雅夫インタビュー(後編)

 最初はちょくちょくSNSで目にしつつ、読むかどうしようか迷っていたが、あまりにも周りでこの記事を褒める人が多かったので、読んでみることにした。一つ目の記事の冒頭が、

満州からの引き揚げ中に家族とはぐれ、戦争孤児として生きてきた男が、生まれて初めて自分の名前をかけるようになったのは17歳のころ。21歳で夜間中学に入り、文字と言葉を学んだ。
男の名は髙野雅夫(77)。今でこそ、夜間中学は不登校経験者や日本で暮らす外国人たちの学びの場として注目されているが、かつては、法律で認められていないことを理由に国から廃止されそうになった。そんな動きにたった一人、立ち向かったのが髙野だ。
「俺たちにとって学ぶということは、ただ文字が書けるようになるってことじゃない。人間としての誇りと権利、そして差別と戦う武器となる『文字と言葉』を奪い返すことなんだ」。口ぐせのようにそう語る彼の生き様を、インタビューを通じて振り返る。

というもので、この文だけでも感じられるように、髙野雅夫氏の生きてきた壮絶な人生を辿りつつ、夜間中学校がこれまで果たしてきた意義について強く訴えるような記事であった。二つ目の記事で上記の展示について紹介されていて、これは行かなければと思ったことから見学しにいくことにした。

2.展示の意義

 これまで、夜間中学校についてはあまり関心を持ってこなかった。それは単純に、自分の周りに夜間中学校に通うものがおらず、その存在を知らなかったということでもある。そこから、前川喜平氏が夜間中学校について言及するのを聞いて、講演の映像を見るなどして関心は持ってきた(例えば埼玉での講演「07 講演 前川事務次官 - YouTube」など)。とはいうものの、その他になかなかまとまった情報源は見当たらず、当事者の声を聞く機会などもなかった。

 それに対して、今回の展示の意義は、歴史的な流れのなかで夜間中学校が果たしてきた意義を明確に感じられること、そこに関わってきた当事者がどのような人であったのか/どのようなことを考えていたのかの一端に触れられること、そして廃止をされかけた夜間中学校を存続させるための社会運動の側面を学ぶことができることにあると思う。

 夜間中学校というテーマに関して、上記のような機会は本当に貴重な機会であるし、「ちびた鉛筆で、たった6文字を書くのに何日かかったかわかりゃしない。当時17歳。生まれて初めて自分の名前が書けた時、心臓がドキンドキンって高鳴り、手が震えた。」(「17歳、生まれて初めて自分の名前が書けた」 夜間中学卒を誇りに生きる男の記憶)というように、夜間中学校というものに限らず、私たちの多くが普段当たり前としていることが、そうではない人も存在して、「当たり前」のことがどのような社会制度に支えられて実現しているのかということに思いを馳せるきっかけにもなるのだと思う。

3.展示から考えたこと

(1)想像を広げていくことの重要性

 上にも書いたようにあまりにも当たり前に感じすぎて普段意識することはないことでも、実はそれが当たり前ではない人はどこかにいるのかもしれないという視点を持つことは重要なことである。

 元々の夜間中学校にあったような、家族や教育の都合で形式卒業をしたけれども、義務教育レベルの学びが十分でない中高年はまだ多くいるかもしれない。それは当然として、視野を現代にまで伸ばしてみると、不登校の生徒のなかには、同様な状況に落ちいっているものが多くいるかもしれない。ネグレクトなどで家庭の教育が不十分なせいで、学校でも放置されている子どもたちがいるかもしれない。外国人の子ども、2世の子どものなかには、日本語ができず十分な教育が受けられていないものが多くいるかもしれない。そういう風に、大多数の「当たり前」に埋もれて、その外側で不可視化された世界があるかもしれないということは、これまでの夜間中学校が必要であった要因から変化した形でも存在しうる。

(2)教育制度の「最適化」問題

 教育でもなんでも、社会制度は「最適化」が求められる時代になってきた。自分としても、現状の方向性での最適化には反対であっても、別の方向性であれば「最適化」という状況を求めることは一致しているのかもしれないと思うことがある。しかし、その姿勢を批判的に捉え続けることは重要なのかもしれない。

 夜間中学校の当初では、その設立は子どもと向き合おうと思う校長が手動で進められたらしい。とにかくどうすれば教育が必要な人に学校に来てもらえるかということがあって、そのための手段として夜間中学校というものが進められていった。そこには、そのように進めていける意思決定の余白があったのかもしれない。逆に言えば余白が学校に行かない生徒を生み出したとも見ることもできるが。

 部活でも、進路指導でも、なんでも単線型の学校システムによる最適化が議論されることがあったし、自分としてもそういった考えを持つことはしばしばあった。しかし、教育はある種の文化への教化、そこにおける選抜はその文化に適合的なものに対する選別システムと捉えることもできる。しかし、不登校などはそのシステムの限界を露呈していて、近年はフリースクール、サドベリースクール、N高といった通信教育、ホームスクールが徐々に普及するなかで、従来の文化を見つめ直す時期に来ているのかもしれない。

4.リバティおおさかの危機

 最後に、上とは話が変わるが、リバティおおさか(HP)について少々書いておく。

(1)リバティおおさかの展示

 リバティおおさかは、国内で唯一の人権博物館であるが、その常設展示は以下のような内容になっている。(総合展示|大阪人権博物館[リバティおおさか]

・ZONE 1「この世に生まれてくるということ――。:いのち・輝き」…人工呼吸器をつけて生きる/性別にとらわれない生き方/働く権利/DVや児童虐待HIV/AIDS/環境/犯罪被害者 など
・ZONE 2「多様な文化、歴史、人びとの生活:共に生きる・社会をつくる」…世界と大阪/在日コリアン/ウチナーンチュ/アイヌ民族ハンセン病回復者/障害者/ホームレス/被差別部落/大阪の歴史 など
・ZONE 3「あなたは将来何になりたいですか?:夢・未来」…いじめ/働くということ など

これらはどれも現代社会を考えるうえで最低限さらっておくべきと感じられるようなもので、個人的には常設展示だけでも十分来る価値があるものだと感じられた。

(2)補助金廃止と大阪市による訴訟問題

 そんなリバティおおさかであるが、2013年度から大阪府大阪市から運営の補助金を停止され、さらに大阪市から公益性をなくしたとして土地貸借料を巡って訴訟を受けている。個人的には昔はわからないが現在の展示はいいものだと思うし、全国でも貴重な施設であるし、大阪という地域にこの施設があることには意味があると思うのだが、どうなっていくのかが気がかりである。